古代の根 第6章

ソクラテス ソクラテス

Socrates 前470/469頃–前399 古代ギリシア(アテナイ)

「知らない」と知ることが、考えることの出発点だ。

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1. 一言で

「知らない」と知ることが、考えることの出発点だ。

ソクラテス(前470/469頃–前399)は、こう考えた古代ギリシアの哲学者です。西洋哲学の祖、とも呼ばれます。

先に、読むときの構えを2つ。ひとつ——意外に思うかもしれませんが——ソクラテスは、一冊も本を書いていません。一文字も。彼の姿は、弟子のプラトンたちが書き残したものから再構成するしかない。だからこのページでも、できるだけ「プラトンの描くソクラテスは」と、誰が描いた姿なのかを断りながら進めます。少しくどいですが、これが彼を語るときの誠実さです。

ふたつ。このサイトは「枝葉ではなく根(前提)を疑え」と言い続けてきました。その元祖が、この人です。 だからソクラテスは、このサイトの”守護聖人”のような存在。なぜ根を疑うのか →と、いちばん深くつながっています。

2. いそがしい人へ

3つだけ、先に。

  • 核心:「自分は分かっている」という思い込みを、まず壊す。考えることは、そこからしか始まらない。
  • なぜ重要:「賢い=答えをたくさん持っている」を、「賢い=正解を疑い、問い続けられる」へと、根こそぎ引っくり返した。このサイトの背骨そのものの原点です。
  • よくある誤解:「無知の知」は”何も知らない自慢”ではない(しかも、この訳語自体に論争があります)。問答は”論破ゲーム”ではない。そして「汝自身を知れ」「悪法もまた法なり」は、実はソクラテスの言葉ではありません。

3. どんな人?

ソクラテスは、「雲の上の聖人」でも「大学の偉い先生」でもありません。裸足で広場をうろつく、貧しいおじさん——それが実像に近い。

前470/469年ごろ、アテナイに生まれました。父は石を切る職人、母は産婆だったとされます。裕福ではない。それどころか、ほとんど無一文でした。学校を開くわけでも、月謝を取るわけでもなく、毎日ただ広場(アゴラ)に立って、道行く人をつかまえては問答をふっかける。そんな暮らしです。容姿も、当時の美の基準では「醜い」と複数の記録が口をそろえる——出っ張った目に、低い鼻。

ただ、ひ弱な変人ではありません。重装歩兵として3度、戦争に従軍しています。極寒の戦地を裸足で耐え、味方が総崩れになる退却戦でも、一人落ち着いて踏みとどまった——そんな勇気を、複数の証言が伝えています。

時代も知っておくと、彼の最期が腑に落ちます。アテナイは、長いペロポネソス戦争でスパルタに敗れ、その後も恐怖政治と内乱で、ガタガタに揺れていました。世の中には、お金を取って「議論で勝つ技術」を教える ソフィスト そふぃすと 報酬を取り、弁論術(弱い議論を強く見せる技術)を教えた職業教師。ソクラテスとよく混同された。 が大流行。「絶対に正しいことなんてない、勝てればいい」という空気の中で、ソクラテスはひとり、「本当の徳とは」「本当の知とは」を求めて問い続けた。時代の空気に、まっこうから逆らう人でした。

史実と伝説の線引きを一つ。ソクラテスの妻クサンティッペは「歴史的な悪妻」として有名ですが、これは同時代の証言(クセノフォン)を種に、後世が肥大化させた像の色が濃い。プラトンが描く彼女は、夫の死刑の朝、子を抱いて取り乱す、ごく普通の妻です。「悪妻」像はずっと後の時代にさらに膨らみ、シェイクスピアあたりが”悪妻の代名詞”として広めたもの。確かなのは、お金に無頓着な夫を支えて子を育てた、一人の妻だったということだけです。

4. 中心となる考え

この章で、ソクラテスが壊した「思い込み」

ソクラテスがやったことは、たった一つの文に集約できます。「分かっているつもり」を、壊す。

この人が押した、前提のスイッチ

登場前の常識

私は、分かっている(つもりだ)。

ソクラテス以後

私は、分かっていない。そう知ることが出発点だ。

ふつう、私たちは「賢い人=たくさん答えを知っている人」だと思っています。ソクラテスは、これを引っくり返しました。本当に賢い人とは、「自分が分かっていない」と気づいている人だ、と。

きっかけは、ある神託でした。「ソクラテスより賢い者はいない」とお告げが出た。本人は戸惑います。「私は何も知らないのに、なぜ?」。そこで彼は、世間で”賢い”とされる政治家や詩人を訪ね歩き、問答してみる。すると——みんな、知っているつもりで、実は分かっていなかった。そしてソクラテスは気づきます。「彼らは、知らないのに知っていると思っている。私は、知らないことを知らないと思っている。その一点だけ、私は彼らより賢い」。

これが、世に言う「無知の知」です。

ちょっと待って——「無知の知」、実はこの呼び方、もめています

ここで、正直に打ち明けておきます。この有名な「無知の知」という言葉、研究者のあいだで「その訳は変だ」と論争になっているんです。

なぜか。「無知の”知”」と言うと、「私は”知らないということを知っている”」という意味になる。でも、よく考えてください。それだと結局、ソクラテスも「ある種の知者」になってしまう。彼が「みんな知ったつもりがダメだ」と言ったその”知ったつもり”に、自分も片足を突っ込んでしまうんです。

だから一部の研究者(納富信留さんら)は、「無知の知」ではなく 不知の自覚 ふちのじかく 「自分は知らない」と自覚していること。知の出発点。※広く「無知の知」と呼ばれるが、訳には論争がある(本文参照)。 ——ただ「知らないなあ」と気づいていること——と呼ぶべきだ、と主張しています。一部の教科書はこちらに書き換わりましたが、反対意見もあって、決着はついていません。

細かい話に聞こえますか。でも、これこそソクラテスらしい。「みんなが当たり前に使っている言葉を、本当にそれでいいのか?と問い直す」——彼を解説する言葉そのものにも、その姿勢が向けられている。おもしろいでしょう。

で、どうやって思い込みを壊すのか——問答

ソクラテスのやり方は、シンプルです。ひたすら、問う。

たとえば「勇気とは何か」を、自信満々に語る人がいる。ソクラテスは、それを否定しません。代わりに質問する。「では、無謀に突っ込むのも勇気ですか?」「逃げるべき時に逃げるのは?」。問いを重ねるうち、相手は自分の答えの矛盾に、自分で気づく。そして「あれ、自分は勇気が何か、分かっていなかった」とたどり着く。この方法を エレンコス えれんこす(ἔλεγχος) 問いを重ね、相手の思い込みに潜む矛盾を相手自身に気づかせる吟味の方法。論破ゲームではない。 (問答法)といいます。

行き着く先は、たいてい アポリア あぽりあ(ἀπορία) 問答の末に行き着く「行き詰まり」。答えが出ないこと自体が、思い込みを壊す。 ——「行き詰まり」です。答えが出ない。でも、それでいい。「分かっていなかった」と分かることが、ゴールだから。 そこからしか、本当の探究は始まらない。

ここも、よく誤解されます。エレンコスは「論破」ではありません。 相手を言い負かして気持ちよくなる技術ではない。目的は勝つことではなく、相手と一緒に「自分たちは知らない」と気づくこと。ソクラテスは、自分も答えを持っていないんです。

答えを「教える」のではなく、「産ませる」

だからソクラテスは、自分を教師だとは思っていませんでした。彼の比喩が、洒落ています。 産婆術 さんばじゅつ(マイエウティケー) 教え込むのでなく、対話で相手の中から答えを「産ませる」手助け。母が産婆だったことに由来。 ——お産の手伝い。

彼の母は、産婆でした。赤ちゃんを産むのは母親自身で、産婆は手助けするだけ。ソクラテスは言います。「私の仕事も同じ。私は知恵を産めない(自分は何も知らない)。でも、あなたの中から答えが産まれるのを、手伝うことはできる」。知識を外から注ぐのではなく、相手の中から引き出す。これが彼のスタイルでした。

結局、何のために?——魂の世話

なぜ、こんなことを延々とやったのか。お金のためではない(無報酬でした)。出世のためでもない。

ソクラテスが大事にしたのは、 魂への配慮 たましいへのはいりょ(エピメレイア) 財産・名誉・体よりも、自分の「魂(生き方・知性)」が最善になるよう気を配ること。 ——財産や評判より、自分の「魂」(生き方・考え方)が、ちゃんと良い状態になっているかを気にかけること。法廷で彼が言い放った言葉が、これを言い尽くしています。「吟味のない人生は、生きるに値しない」。

問い直すことのない、流されるだけの毎日。それは、生きているとは言えない——と。これは、このサイトがずっと言っていること(根を、前提を、問い直せ)の、いちばん古い水源です。

5. キーワード

4章の言葉は、カードでいつでも引けます。あと2つだけ、知っておくと深まる言葉を。

  • 徳は知である とくはちである 本当に善を知れば、人は必ず善く行う、という考え(主知主義・知徳合一)。 (とくはちである):「本当に善を知れば、人は必ず善く行う」という、ソクラテスの強い信念です。逆に言えば、悪いことをするのは”知らないから”。だから彼は、悪を直すのは罰ではなく「知ること」だと考えました。——ただし、この考えには有名な反論があります(6章で)。
  • ダイモニオン だいもにおん(δαιμόνιον) ソクラテスに現れた内なる「合図」。プラトンの描くところでは、何かを「やめろ」と止めるだけで、命令はしない。良心とは別物。 (だいもにおん):ソクラテスには、内なる「合図」が聞こえたといいます。ただしこれ、不思議な特徴があって、プラトンの描くところでは、「やめろ」と止めるだけで、「こうしろ」とは絶対に言わない。だから「良心」とはちょっと違う。彼の不思議さが出ている話です(解釈は割れています→10章)。

(※ 不知の自覚・エレンコス・産婆術・アポリア・魂への配慮・ソフィストは、本文中のカードに。)

6. 批判・限界

問い続けたソクラテスにも、批判はあります。3層で見ます。

(a) 当時の文脈 — 「あいつもソフィストだろ」

皮肉な話があります。当時のアテナイ市民の多くは、ソクラテスのことを、彼が一番嫌っていたソフィストの仲間だと思っていたのです。喜劇作家アリストファネスは、ソクラテスを「空中のカゴに乗って雲を眺める変な学者/借金を踏み倒す屁理屈を教える詭弁家」として、舞台で笑いものにしました。「議論で人を丸め込む怪しい奴」——それが世間のイメージだったのです。真理を求めた人が、その正反対の扱いを受けていた。

(b) 思想的な批判 — 「知っていても、できないよね?」

ソクラテスの「徳は知である(本当に善を知れば、必ず善く行う)」には、強力な反論があります。弟子の弟子(孫弟子)にあたるアリストテレスが、こう突っ込みました。「いや、人は”これは悪い”と分かっていても、欲望や感情に負けてやってしまうじゃないか」。ダイエット中だと分かっていてケーキを食べる、あれです。これをアクラシア(意志の弱さ)といいます。

(c) 後世の矮小化 — 問答が「詰問」になる

そして現代。これは8章で詳しく触れますが、ソクラテスの問答が「相手を言い負かす技術」に変質してしまう、という問題があります。本来「一緒に無知を自覚する」ためのものが、「論破して気持ちよくなる」道具に。これは、ソクラテス自身が戦った相手(ソフィスト)への、皮肉な先祖返りです。

7. つながりと対比

ソクラテスは、誰と対立し、誰を生み、どこへ流れていったのか。

対立したのは、ソフィスト。 お金を取って「議論で勝つ技術」を教え、「絶対の真理なんてない(人それぞれ)」という相対主義に立つ彼らに対し、ソクラテスは無報酬で、絶対の「徳」「知」を共同で探した。向きが正反対です。なのに世間には同類に見えた——この皮肉は、さっき見たとおり。

生んだのは、西洋哲学そのもの。 弟子プラトンが「イデア論」(完全な理想形が、どこかに実在するという考え)へ進み、その孫弟子アリストテレスへ。これが西洋哲学の本流になります。おもしろいのは、ここから正反対の小さな学派が同時に生まれたこと。欲を捨てるキュニコス派と、快楽を求めるキュレネ派。一つの源から真逆が出た——これこそ、ソクラテスが”決まった教え”ではなく”問い方・生き方”だけを遺した、何よりの証拠です。

流れ込んだ先は、ストア派。 「動じない理性」を理想としたストア派は、ソクラテスを範としました。その代表が、次に紹介する哲人皇帝マルクス・アウレリウスです。

そして、最大の敵が——ニーチェ これは見ものです。ソクラテスは「理性を信じ、対話すれば真理に近づける」と考えた人。ニーチェは、その真逆。「理性なんて信じるな、それは生命力を弱らせる病だ」とソクラテスを名指しで攻撃しました。理性を信じるか、疑うか。 西洋思想を2500年つらぬく、いちばん根本の対立が、この2人のあいだにあります。

【両論・出典の注意】ニーチェのソクラテス批判は、2つの本で言っていることが違います。『悲劇の誕生』では「理性万能主義がギリシャ悲劇の生命力を殺した」、後年の『偶像の黄昏』では「ソクラテスは生命力が衰えた人(デカダン)だ」と。同じ批判のように語られがちですが、出どころは別です。

8. いまの自分に、どう効くか

ソクラテスの問答は、いまも生きています。アメリカの法科大学院の「ソクラテス・メソッド」(教授が学生に問いを連射して考えさせる授業)、ビジネスの「コーチング」、そして心理療法(認知行動療法)の「ソクラテス的質問」。どれも、答えを与えず、問いで本人に気づかせる手法です。「問う力」「批判的に考える力」の源流として、これほど使われている古代人もいません。これが

でも、もある。問答が、「論破・詰問の技術」に縮められてしまうのです。本来は「一緒に”自分たちは分かっていない”と気づく」ためのものが、「相手の矛盾を突いて、言い負かして、気持ちよくなる」道具になる。SNSでよく見る”論破ゲーム”が、まさにこれ。皮肉なことに、それはソクラテスが生涯かけて戦った相手——ソフィストの弁論術——への、先祖返りです。

ここで、種明かしをします。気づいていたかもしれません。このサイト全体が、実は「ソクラテスをやろう」という試みなんです。 答えを配るのではなく、あなたの「分かっているつもり」を揺さぶる。13人の思想家は、それぞれが「あなたの前提、本当に正しい?」と問いかけてくる装置です。

だから、ソクラテスはこのサイトの守護聖人。彼が2400年前に始めたこと——「まず、自分の足元(前提)を疑う」——を、このサイトはずっとやろうとしています。なぜ、根を疑うのか →。その答えの、いちばん古い源が、この人です。

9. もっと知る

ソクラテスは、入口がはっきりしています。順番はこう。

読む順の目安

  1. まず『ソクラテスの弁明』。裁判での演説で、物語のように読めます。光文社・納富信留訳が、解説も親切でいちばんやさしい。
  2. 続けて『クリトン』。短く、「なぜ逃げなかったのか」だけを描く。弁明とセットで読めます。
  3. それからクセノフォン『ソクラテスの思い出』。プラトンとは違う”もう一人のソクラテス”。常識的で実務的な姿が見えて、対比が面白い。
  4. もっと進みたければ『饗宴』『パイドン』、納富さんの解説書へ。ただし、この2作は中盤からプラトン独自の難しい議論に入るので、1・2を消化してから。

コツを一つ。ソクラテスを読むときは、「これはプラトンが描いた姿だ」と意識しながら読むと、ぐっと面白くなります。本物のソクラテスと、プラトンの創作と、その境目を想像する——それ自体が、いい思考の練習です。

10. まだ決着していないこと(両論ボックス)


このサイトは、確定した史実と、解釈が割れる論点を分けて記述しています。崇拝も断罪もせず、出典に当たれる形を心がけました。ソクラテスについては、特に「これはプラトンが描いた姿だ」という距離を大切にしています。

もっと知る — ブックガイド

入門(まずここから)

  • 納富信留『哲学者の誕生――ソクラテスをめぐる人々』(ちくま新書) 「不知の自覚」論の本拠。
  • 光文社版『弁明』巻末の納富解説 それ自体が優れた入門。

原典(挑むなら)

  • ソクラテスの弁明(光文社古典新訳文庫・納富信留訳) 初心者に最も推奨。法廷の演説で読みやすく解説も充実。
  • クリトン(弁明と同じ文庫に併収が多い) なぜ逃げなかったか。短く明快。
  • クセノフォン『ソクラテスの思い出』(岩波・佐々木理訳/光文社・相澤康隆訳) もう一人の常識的なソクラテス像。プラトンと対比できる。
  • パイドン/饗宴 死の場面・愛。文学的に最高峰だが、中盤からプラトン独自のイデア論で抽象度が上がる(やや難)。