このサイトの考()え方()

なぜ、枝()葉()ではなく「根()」を変()えるのか

やり方()をいくら磨()いても、しばらくすると元()どおり。もし心()当()たりがあるなら、 いじっている場()所()が、違()うのかもしれません。葉()ではなく、根()。やり方()ではなく、世()界()の見()方()。

枝()を切()っても、木()は変()わらない

観()葉()植()物()が、弱()っているとします。葉()が一()枚()、また一()枚()と枯()れていく。あなたは枯()れ葉()を一生懸命()むしり、形()を整()え、つやの出()るスプレーをかける。でも、根()が傷()んでいたら、葉()をどう手()入()れしても、木()は弱()る一方()ですよね。

当()たり前()に聞()こえますか。でも私()たちは、人()生()でこれとそっくり同()じことを、よくやっています。

私()たちも、葉()っぱばかりいじっている

朝()活()、目()標()設定()、時()間()術()、習()慣()化()のコツ。葉()っぱ(やり方())は一生懸命()いじる。最()初()は、少()し変()わる。でも、しばらくすると元()どおり。身()に覚()え、あるかもしれません。

それは、あなたの努()力()が足()りないからじゃありません。いじっていたのが、葉()っぱだったから。根()っこ(世()界()をどう見()ているか)は、手()つかずのままだったからです。

葉()は、目()につきます。手()も入()れやすい。だからつい、葉()ばかりいじってしまう。でも、木()の姿()を本()当()に決()めているのは、見()えない根()のほうです。

おもしろいのは、ここから

この「根()が、葉()の全()部()を決()める」という構()造()。まったく違()う分()野()の人()たちが、それぞれ別々()に、同()じこの形()に気()づいています。

  • 心()理()学()

    「人()の表()面()の考()えは、心()の奥()の"中()核()にある信()念()"が決()めている。」

    認()知()療()法()の「中()核()信()念()(コア・ビリーフ)」——アーロン・ベックら

  • 経()営()学()

    「会()社()の行()動()は、いちばん深()いところにある"暗()黙()の前()提()"が決()めている。」

    「基()本()的()な前()提()」——エドガー・シャイン(組()織()文()化()論())/クリス・アージリス(組()織()学()習()論())

  • システム思()考()

    「世()界()を一()番()大()きく動()かすのは、その仕()組()みを支()えている"ものの見()方()"だ。」

    「レバレッジ・ポイント」最()上()位()級()=パラダイム(とその超()越())——ドネラ・メドウズ

言葉()はバラバラ。でも、中()身()は全()部()同()じです。いちばん上()(根()っこ)が、下()の全()部()を決()める。 だから、上()を変()えないかぎり、何()も変()わらない。

別々()の分()野()の人()が、相()談()もせず、同()じ形()にたどり着()く。これはもう、誰()か一人()の思()いつきではありません。かなり確()かな"型()"だと考()えていいでしょう。

この型()には、名()前()がある

この型()に、いちばん早()くはっきりした名()前()をつけたのは、戦()略()を研()究()する人()たちでした。彼()らはこれを「戦()略()の階()層()」と呼()びます。

  1. 世()界()観() 世()界()をどう見()るか。根()。
  2. 方()針() 何()を大()事()にするか。
  3. 大()戦()略() 持()てる力()の束()ね方()。
  4. 戦()略() 勝()ち筋()の描()き方()。
  5. 作()戦() 現()場()の段()取()り。
  6. 戦()術() その場()のやり方()。
  7. 技()術() 個々()の技()・道()具()。葉()。
上()の階()層()が、下()の全()部()を縛()る。世()界()観()が変()われば、その下()のやり方()は全()部()書()き換()わる。

いちばん上()に「世()界()観()」。その下()に、方()針()、戦()略()、そして具()体()的()なやり方()(戦()術()・技()術())が続()きます。ポイントは一()つ。上()の階()層()が、下()の全()部()を縛()るということ。世()界()観()が変()われば、その下()のやり方()は全()部()書()き換()わる。逆()に、下()のやり方()をどれだけ磨()いても、世()界()観()が同()じなら、見()える景色()は変()わりません。

ちいさな注():この階()層()の考()え方()は、戦()略()研()究()家()コリン・グレイらの議()論()を、奥()山()真司()さんが「個()人()の生()き方()」に翻()案()して紹()介()したものです。同()じ構()造()は、システム思()考()のドネラ・メドウズ(「レバレッジ・ポイント」)、経()営()学()の組()織()文()化()論()、心()理()学()の認()知()モデルなど、いろんな分()野()に別々()に現()れます。一人()の説()ではなく、何()度()も再()発見()されてきた型()、というわけです。

なぜ「上()」だけが効()くのか——てこ

最()後()に、なぜ上()を押()すと全()部()が動()くのか。答()えは、てこです。

重()いドアを思()い浮()かべてください。蝶番()(ちょうつがい)のすぐ横()を押()すと、どれだけ力()んでもビクともしない。でも、ノブのあたり、いちばん外()側()を押()せば、軽()い力()でスッと開()く。同()じドア、同()じ力()。違()うのは「押()す場()所()」だけ。

触()って確()かめる

どこを変()えると、何()が変()わるか

いちばん上()の「世()界()観()」を切()り替()えると、その下()のやり方()が上()から順()に、まるごと書()き換()わります。 逆()に、いちばん下()の小()ワザだけ取()り替()えても、上()は何()も変()わりません。変()える場()所()で、変()わる範()囲()がまるで違()う。

世()界()観()を切()り替()える(クリック/↑↓キー)

  1. 世()界()観() 世()界()は、競()争()だ
  2. 方()針() 人()より上()に立()つ
  3. 大()戦()略() 力()を一点()に集()める
  4. 戦()略() 勝()てる場()所()を探()す
  5. 作()戦() 相()手()の弱()点()を突()く
  6. 戦()術() 出()し抜()く・急()ぐ
  7. 技()術() 交()渉()術()・自()己()PR

いまは「世()界()は、競()争()だ」。世()界()観()を切()り替()えると、下()の6層()が連()鎖()して書()き換()わります。

自()己()啓()発()の小()ワザは、たいてい蝶番()のすぐ横()です。だから、いくら力()を入()れても、人()生()はほとんど動()かない。世()界()観()は、ドアのいちばん外()側()。そこを押()したときだけ、人()生()はガラッと開()く。

「効()く場()所()が、ある」。これだけは、覚()えて帰()ってください。

このサイトの人()たちは、「いちばん外()側()」を押()した

では、世()界()観()(ドアのいちばん外()側())を、実際()に押()した人()は、どんなことをしたのか。

このサイトで紹()介()する思()想()家()たちは、全()員()これをやった人()です。彼()らは新()しい時()間()術()を考()えたわけでも、便()利()な習()慣()を発()明()したわけでもありません。人()類()が「あたりまえ」と思()っていた前()提()そのものを、ひっくり返()した。

前()提()の書()き換()え

全()員()、問()いの向()きをひっくり返()した

スイッチに触()れると、「人()類()が前()提()にしていたこと」が裏返()ります。ひとつ押()してみてください。

ニーチェが押()した、前()提()のスイッチ

登()場()前()の常()識()

善()悪()は、神()が決()める。

ニーチェ以()後()

価()値()は、自()分()が創()る。

ニーチェの章()へ

ブッダが押()した、前()提()のスイッチ

登()場()前()の常()識()

私()の正()体()は、永()遠()の魂()(アートマン)だ。

ブッダ以()後()

確()かな「私()」など無()い(無()我())。

ブッダの章()へ

フランクルが押()した、前()提()のスイッチ

登()場()前()の常()識()

私()が、人()生()に意()味()を問()う。

フランクル以()後()

人()生()が、私()に問()いかけている。

フランクルの章()へ

カミュが押()した、前()提()のスイッチ

登()場()前()の常()識()

意()味()がなければ、生()きるに値()しない。

カミュ以()後()

意()味()は無()い。それでも、反()抗()して生()きる。

カミュの章()へ

並()べてみると、見()えてきます。全()員()、"絶対()の外()側()にあったもの"(神()、永()遠()の魂()、人()生()の意()味())を、自()分()や、今()や、無()へと引()き寄()せた。 問()いの向()きを、根()っこからひっくり返()したのです。

これが、世()界()観()を変()える、ということ。やり方()(葉())を増()やしたのではなく、世()界()の見()方()(根())を入()れ替()えた。だから、その後()の景色()が、まるごと変()わった。

ちなみに、この「前()提()を疑()う」を西()洋()でいちばん最()初()に始()めたのが、このサイトの守()護()聖()人()、 ソクラテスです

だから、根()から学()ぶ

便()利()なやり方()は、世()の中()にあふれています。それを否()定()はしません。葉()の手()入()れも、ときには役()に立()つ。

でも、もし「何()をやっても、しばらくすると元()に戻()る」と感()じているなら。いじる場()所()が、違()うのかもしれません。葉()ではなく、根()。やり方()ではなく、世()界()の見()方()。

このサイトは、その「根()」を変()えた人()たちの記()録()です。彼()らがどんな前()提()をひっくり返()したのか。あなたの根()を揺()さぶる一人()が、きっといます。

どこから読()んでもかまいません。気()になった名()前()から、どうぞ。

このサイトは、特()定()の思()想()を信()じさせるためのものではありません。「こういう見()方()もある」を増()やし、あなた自()身()が自()分()の根()を選()べるように。それだけを願()っています。