古()代()の根() 第()7章()

マルクス・アウレリウス マルクス・アウレリウス

Marcus Aurelius 121–180 古()代()ローマ(ストア派())

変()えられないものに、振()り回()されるな。変()えられることだけに、力()を注()げ。

読()了()めやす 約()14分()

1. 一言()で

変()えられないものに、振()り回()されるな。変()えられることだけに、力()を注()げ。

マルクス・アウレリウス(121–180)は、こう考()えた古()代()ローマの皇()帝()であり、哲()学()者()です。彼()が遺()した手()帳()『自()省()録()』は、2000年()近()く読()み継()がれています。

先()に、読()むときの構()えを2つ。ひとつ、彼()はよく「哲()人()皇()帝()(哲()学()を愛()する理()想()の王())」と呼()ばれます。でも、この美()しい呼()び名()は、後()の時()代()がつくった理()想()像()の色()が濃()い。実際()の彼()の人()生()は、戦()争()と疫()病()まみれの、過()酷()なものでした。理()想()像()と史()実()は、分()けて読()みます。ふたつ、『自()省()録()』は他()人()に読()ませるつもりのない、自()分()だけのための覚()え書()きでした。だから出版()された哲()学()書()とは、性()格()がまるで違()います。

2. いそがしい人()へ

3つだけ、先()に。

  • 核()心():世()界()を「自()分()の力()が及()ぶもの/及()ばないもの」に分()ける。及()ばないもの(他()人()・評()判()・運()命())は手放()し、及()ぶもの(自()分()の判()断()と行()い)にだけ全()力()を注()ぐ。
  • なぜ重()要():「自()分()を苦()しめているのは、出来事()そのものではなく、それについての”自()分()の判()断()”だ」と見()抜()いた。だから判()断()を変()えれば、世()界()が同()じままでも、心()は静()まる。
  • よくある誤()解():「ストイック=感()情()を殺()すこと」ではない。「受()け入()れる=あきらめる」ではない。そして、よく出()回()る「心()は支()配()できるが外()の出来事()は支()配()できない」という名()言()は、実()は本()人()の言葉()ではありません(4章()で)。

3. どんな人()?

「哲()人()皇()帝()」と聞()くと、平()和()な宮()殿()で静()かに哲()学()する賢者()を想()像()するかもしれません。実際()は、正()反()対()でした。

マルクスは121年()に生()まれ、先()帝()に存()命()の実()の息子()がいなかったという事()情()から、ハドリアヌス帝()の取()り決()めで養()子()に取()られて皇()帝()になりました。本()人()は、もともと静()かに学()問()をしていたい人()だった。ところが、彼()を待()っていたのは、疫()病()と、戦()争()です。

兵()士()が外()地()から持()ち帰()った疫()病()(アントニヌスの疫()病())が、帝()国()じゅうに広()がり、おびただしい数()の命()を奪()った。北()の国境()では、ゲルマンの諸()部()族()が攻()め込()んできて、なんと約()300年()ぶりに、敵()がイタリア本()土()にまで到()達()する。マルクスは、皇()帝()としての治()世()の多()くを、ドナウ川()沿()いの凍()えるような最()前()線()の陣()中()で過()ごすことになります。哲()学()に憧()れた人()が、戦()争()と統()治()と疫()病()の重()圧()の中()で、それでも皇()帝()の義()務()から逃()げなかった。これが、実()像()です。そして180年()、彼()は北方()の陣()中()で亡()くなりました。

「哲()人()皇()帝()」という理()想()像()について、一()つ正()直()に。この美()しいイメージは、ずっと後()の時()代()(18世紀()の歴()史()家()ギボンら)の理()想()化()を、かなり含()んでいます。彼()が同()時()代()から「哲()学()者()」と呼()ばれたのは事()実()ですが、一方()で、後()継()者()選()びの失敗()や、彼()の治()世()下()でのキリスト教()徒()迫()害()といった、影()の部()分()もある(6章()・10章()で扱()います)。聖()人()として崇()めず、一人()の苦()闘()した人()として読()むのが、フェアだと思()います。

4. 中()心()となる考()え

この章()で、マルクスが引()いた「一本()の線()」

マルクスの考()えは、たった一本()の線()を引()くことから始()まります。自()分()に変()えられるものと、変()えられないもののあいだに。

この人()が押()した、前()提()のスイッチ

登()場()前()の常()識()

世()界()を思()い通()りにしようとして、振()り回()される。

マルクス・アウレリウス以()後()

変()えられること/変()えられないことを分()け、変()えられることだけに力()を注()ぐ。

私()たちが苦()しむのは、たいてい「自()分()にはどうにもできないこと」を、どうにかしようともがくときです。他()人()にどう思()われるか。天()気()。渋()滞()。病()気()。景()気()。力()んでも、変()わらない。なのに、変()わらないことに腹()を立()て、落()ち込()み、振()り回()される。

マルクスは、ここに線()を引()きました。世()界()を、2つに分()ける。「自()分()の力()が及()ぶもの」(自()分()の判()断()、自()分()の行()い)と、「及()ばないもの」(他()人()、評()判()、健()康()、運()命())。 そして、及()ばないものはきっぱり手放()し、及()ぶものだけに、全()力()を注()ぐ。これを コントロールの二分()法() こんとろーるのにぶんほう 自()分()次()第()のもの(判()断()・意()志()・行()い)と、自()分()次()第()でないもの(評()判()・健()康()・他()人())を分()け、前()者()だけに集()中()する考()え。エピクテトス由()来()。 といいます。

苦()しみの正()体()は、「出来事()」じゃない

ここに、ハッとする洞()察()があります。マルクスは言()います。あなたを苦()しめているのは、起()きた出来事()そのものではない。その出来事()についての、あなたの「判()断()」だ。

たとえば、誰()かに悪口()を言()われた。傷()つきますよね。でも、よく考()えると、傷()つけているのは「悪口()」という音()そのものではなく、「あれはひどい、許()せない、私()はダメだ」という、あなたの中()の解()釈()のほうです。出来事()は、ただそこにある。それに色()をつけているのは、自()分()。

だとすれば、希()望()があります。出来事()は変()えられなくても、それへの「判()断()」なら、自()分()で変()えられる。世()界()が同()じままでも、心()は静()められる。

ちなみに、「心()は自()分()で支()配()できるが、外()の出来事()は支()配()できない」という、マルクスの超()有()名()な名()言()があります。Tシャツにもなっている。でも実()はこれ、『自()省()録()』のどこにも、その通()りの言葉()はありません。後()世()の誰()かの要()約()が、本()人()の名()言()として広()まったものです。趣()旨()はマルクスらしいのですが、「本()人()の言葉()」としては、ちょっと眉()に唾()を。こういう確()かめ方()こそ、このサイトの流()儀()です。

「受()け入()れる」は、あきらめじゃない

「変()えられないものは受()け入()れる」と聞()くと、消()極()的()に聞()こえるかもしれません。でも、ストア派()の言()う受()容()は、あきらめの正()反()対()です。

順()番()が大()事()。まず、変()えられない事()実()を「良()い/悪()い」と判()定()せず、いったんそのまま受()け止()める。そのうえで、「では、この状()況()で、自()分()にできる最()善()は何()か」と理()性()に問()う。受()け入()れるのは、力()を抜()くためではなく、力()を正()しい場()所()に集()中()するためなんです。

なぜ、そこまでして心()を整()えるのか

マルクスがこれを実践()したのは、趣()味()ではありません。彼()は、疫()病()と戦()争()にまみれた帝()国()を背()負()う、ローマ皇()帝()でした。思()い通()りにならないことだらけの、極()限()の立場()。だからこそ、「自()分()に変()えられることだけに集()中()する」という一本()の線()が、正()気()を保()つ命綱()だったのです。

その先()に彼()が見()ていたのは、 ロゴス ろごす(λόγος) 宇()宙()を貫()く理()性()・理()法()。人間()もその一()部()として、自()然()=理()性()的()秩()序()に従()って生()きる。 。宇()宙()を貫()く大()きな理()性()でした。世()界()は、でたらめに動()いているのではなく、大()きな理()にそって動()いている。人間()もその一()部()なのだから、それと調()和()して、自()分()の役()割()(徳()のある行()い)を果()たせばいい。そして、いつか必()ず死()ぬ( メメント・モリ めめんと・もり 「死()を想()え」。必()ず死()ぬと意()識()することが、今日()一日()を大()切()にさせる。死()の恐()怖()を煽()る言葉()ではない。※このラテン語()の標()語()自()体()は、後()世()に定()着()した言()い方()。 )。だからこそ、今日()という一日()を、善()く生()きる。

皇()帝()が、誰()にも見()せない手()帳()に、夜()ごと自()分()へ書()きつけた言葉()。それが、2000年()近()くを生()きのびて、いま、あなたの手()のひらにあります。

5. キーワード

4章()の言葉()は、カードでいつでも引()けます。あと2つ、知()っておくと深()まる言葉()を。

  • アパテイア あぱていあ(ἀπάθεια) 不()健()全()な情()念()に乱()されない心()の平()静()。「無()感()情()」ではない(健()全()な感()情()は肯()定()する)。 (あぱていあ):心()が、波()立()たず凪()いでいる状()態()。ストア派()の理()想()です。ここで大()事()なのは、これは「無()感()情()」ではないということ。殺()すのは、怒()りや恐()怖()といった”不()健()全()な情()念()”だけ。他()人()への友()愛()や、正()しい喜()びといった健()全()な感()情()は、ちゃんと肯()定()されます。冷()たい人間()になれ、という話()ではないのです。
  • コスモポリタニズム こすもぽりたにずむ すべての人()は理()性()を分()かち合()う同()胞()で、世()界()(宇()宙())が共()通()の故()郷()だという考()え。世()界()市()民()主()義()。 (こすもぽりたにずむ):「すべての人()は、理()性()を分()かち合()う同()胞()であり、世()界()(宇()宙())こそが共()通()の故()郷()だ」という考()え(世()界()市()民()主()義())。だからマルクスは、自()分()を裏()切()る相()手()や愚()かな相()手()でさえ、憎()まず、協()力()すべきだと自()分()に言()い聞()かせました。お花()畑()の理()想()ではなく、自()分()に課()した厳()しい義()務()として。

(※ コントロールの二分()法()・ロゴス・自()然()に従()って生()きる・メメント・モリは、本()文()中()のカードで、いつでも引()けます。)

6. 批()判()・限()界()

「哲()人()皇()帝()」を、無()批()判()に崇()めないために。3層()で見()ます。

(a) 思()想()内()部()の緊()張() — 哲()学()者()なのに、皇()帝()

いちばん大()きな矛()盾()が、これです。マルクスは「暴()力()に支()配()されるな」「人()は助()け合()うために生()まれた」と説()きました。でも現()実()の彼()は、戦()争()を長()年()指()揮()し、反()乱()を鎮()圧()し、人()を処()刑()しうる権()力()者()でした。理()想()(平()和()な宇()宙()市()民()の愛())と、現()実()(統()治()と戦()争())の引()き裂()かれ。

(b) 史()実()の影() — 美()談()ではすまない2つ

「賢()帝()」という呼()び名()の裏()に、影()もあります。

ひとつ、後()継()者()選()び。それまでの賢()帝()たちは、血()縁()でなく「最()も有()能()な者()」を養()子()に取()って継()がせてきた(もっとも、先()代()たちには実子()の男()子()がいなかった事()情()もあります)。ところがマルクスは、実()の息子()コンモドゥスに継()がせた。このコンモドゥスが後()に暴()君()となり、ローマ衰()退()の起()点()とされます。

ふたつ、キリスト教()徒()の迫()害()。彼()の治()世()下()で、リヨンなどで凄()惨()な殉()教()事()件()が起()きました。

(c) 哲()学()としての批()判() — 「受()容()」は、順応()では?

ストア哲()学()そのものへの、古()典()的()な批()判()があります。「変()えられないものを受()け入()れよ」という教()えは、心()を救()う強()力()な防()具()になる一方()で、社()会()の不()正()(差()別()や圧政())すら”運()命()”として受()け入()れさせ、抵()抗()のエネルギーを奪()ってしまうのではないか。問()題()を「個()人()の心()の持()ちよう」に閉()じ込()めて、不()公()平()な仕()組()みを温()存()するエリート哲()学()だ、と。

7. つながりと対()比()

マルクスは、誰()を範()とし、誰()を師()とし、誰()と対()をなすのか。

範()としたのは、ソクラテス。 不()当()な死()刑()すら受()け入()れ、最()後()まで徳()を手放()さなかったソクラテスを、マルクスは「内()なる強()さの理()想()」として手()帳()に書()きました。ただし、彼()が思()い描()いたソクラテスは、師()エピクテトス経()由()の”ストア版()ソクラテス”、徳()と自()己()統()御()の手()本()としての姿()で、あの問答()で人()を揺()さぶるソクラテスとは、少()し顔()つきが違()います。

師()は、エピクテトス。 ここが面()白()い。マルクスが最()も影()響()を受()けたエピクテトスは、元()・奴()隷()でした。ローマ皇()帝()が、奴()隷()だった人()の教()えを、心()の支()えにした。身()分()の頂()点()と底()辺()が、同()じ哲()学()でつながる。これこそ、ストア派()の「身()分()を問()わない」普()遍()性()の象()徴()です。

そして、最()大()の対()決()相()手()が、エピクロス。 これは見()ものです。二人()は、同()じ問()いに、正()反()対()の答()えを出()しました。問()いは「どう生()きれば、心()は穏()やかになれるか」。マルクス(ストア派())は「社()会()の只()中()で、公()共()への義()務()を果()たし、徳()に生()きよ」。エピクロスは「わずらわしい世()間()から離()れ、隠()れて生()きよ」。世()の中()に踏()みとどまるか、降()りるか。正()反()対()です。(※ただしマルクス自()身()は『自()省()録()』でエピクロスを敵()視()せず、いいところは認()めてもいます。)

さらに、意()外()な”親()戚()”がいます。ブッダとフランクル。 マルクスの「変()えられないものを手放()す」は、ブッダの「執()着()を手放()す」、フランクルの「変()えられない運()命()への態()度()を選()ぶ自()由()」と、驚()くほど似()ています。でも、土()台()は別()もの。ストアの土()台()は「宇()宙()の理()性()(ロゴス)と調()和()する」こと。ブッダは「無()常()・無()我()」、フランクルは「意()味()への意()志()」。似()ているけれど、根()っこが違()う。この”似()て非()なる”を見()分()けるのも、面()白()いところです。

一()つ注()意()を。マルクスの受()容()を「アモール・ファティ(運()命()愛())」と呼()ぶのをよく見()ますが、この言葉()は実()はニーチェの造()語()で、ストアの言葉()ではありません。概()念()は近()いのですが、ストアの「受()け入()れる」と、ニーチェの「愛()して肯()定()する」は、強()さがちょっと違()います。混()ぜないように。

8. いまの自()分()に、どう効()くか

いま、世界中()で「ストイシズム(ストア哲()学())」がブームです。シリコンバレーの起()業()家()、トップアスリート、自()己()啓()発()の世()界()で、マルクスは引()っぱりだこ。これが支()えの面()。実際()、師()エピクテトス譲()りの「出来事()ではなく、出来事()についての”判()断()”が人()を乱()す」という考()えは、現()代()の認()知()行()動()療()法()(CBT)のルーツになっています。心()を立()て直()す実()用()知()として、確()かに効()くのです。

でも、痺()れの面()もある。「ブロ・ストイシズム」と呼()ばれる歪()みです。本()来()のストア哲()学()の核()(徳()、公()共()への義()務()、宇()宙()との調()和())がすっぽり抜()け落()ちて、「コントロールの二分()法()」だけが切()り取()られる。そして「感()情()を抑()え、ライバルに勝()ち、生()産()性()を上()げるためのライフハック」に縮()んでしまう。

ここに、強()烈()な皮()肉()があります。マルクスは、富()や名()声()を「自()分()次()第()でない、無()価()値()なもの」として軽()蔑()しました。 なのに現()代()の消()費()者()は、その「富()や名()声()を手()に入()れるためのメンタル術()」として、ストア哲()学()を使()っている。彼()が捨()てろと言()ったものを手()に入()れる道()具()に、彼()の哲()学()が使()われている。向()きが、完()全()に逆()なんです。

これは、このサイトの背骨()と、まっすぐつながります。マルクスが本()当()に問()うたのは、「どうすれば成()功()できるか」ではありません。「どう生()きれば、善()く生()きたことになるか」でした。「変()えられないものを手放()し、徳()に生()きる」という生()き方()の根本()(最()上()層())が、「動()じない自()分()を作()る自()己()最()適()化()術()」という小()手()先()に切()り縮()められる。根()を、枝()の処()世()術()にしてしまわないこと。ここは、マルクスの名()誉()のためにも、外()したくないところです。

9. もっと知()る

マルクスは、入口()がやさしい人()です。順()番()はこう。

読()む順()の目()安()

  1. まず、NHK「100分()de名()著()」のマルクス・アウレリウス、または漫()画()版()エピクテトスで、全()体()像()を。
  2. 次()に、岩()波()文()庫()『自()省()録()』(神谷()美()恵()子()訳())。これは断()章()集()なので、最()初()から順()に読()む必()要()はありません。適()当()に開()いて、気()になった短()い一節()を味()わう。それがいちばん合()った読()み方()です。
  3. もっと知()りたければ、師()エピクテトスの『人()生()談()義()』。とくに巻()末()の『要()録()(提()要())』は、教()えのエッセンスを最()短()でつかめます。

コツを一()つ。有()名()な「マルクスの名()言()」を見()かけたら、まず疑()ってください。 ネットには、本()人()が言()っていない”それっぽい名()言()”が、かなり出()回()っています。本()物()は、意()外()と地()味()で、自()分()への呼()びかけの形()をしています。

10. まだ決着()していないこと(両()論()ボックス)


このサイトは、確()定()した史()実()と、解()釈()が割()れる論()点()を分()けて記()述()しています。崇()拝()も断()罪()もせず、出典()に当()たれる形()を心()がけました。マルクスについては特()に、本()人()が実際()に書()いたことと、後()世()が彼()の名()で広()めたものを、分()けるよう努()めています。

もっと知()る — ブックガイド

入()門()(まずここから)

  • NHK100分()de名()著()『マルクス・アウレリウス 自()省()録()』(岸()見()一郎()) 『嫌()われる勇()気()』著()者()の平()易()な解()説()。入口()に好()適()。
  • 『奴()隷()の哲()学()者()エピクテトス 人()生()の授()業()』(荻()野()弘之()解()説()・漫()画()) 二分()法()を日()常()の悩()みに。最()も敷居()が低()い。

原()典()(挑()むなら)

  • 自()省()録()(岩()波()文()庫()・神谷()美()恵()子()訳()) 定()番()。清()冽()な訳()文()。断()章()集()なのでどこから読()んでもよい。初()〜中()級()。
  • エピクテトス『人()生()談()義()』(岩()波()文()庫()・國方栄二()訳()) マルクスが最()も影()響()を受()けた師()。まず巻()末()の『要()録()(提()要())』から。中()級()。